セリオレポート

 新型コロナウイルスSARS-CoV-2(感染症名COVID-19)の感染拡大を抑えるカギとして期待されている予防ワクチン。日本では、現在のところ、Pfizer/BioNtech製と武田/Moderna製のワクチン接種が行われています。両ワクチンは、mRNAという技術を用いた新しいタイプのワクチンです。従来の技術では、5-10年程度要すると言われる開発期間が、1年足らずのうちに承認されたことは過去に前例のない驚異的なスピードと言えます。

 

 mRNAのワクチンの開発状況を、特許情報からわかることを調べてみました。ただし、通常、特許出願してから1年半経過後に公開されるところ、現時点での公開情報を用いていますので、出願後未公開のデータは反映されていません。

 

 

mRNA関連特許の出願動向


 

 mRNA技術についてここ10年間の全世界の特許出願の件数推移を見ると、増加の傾向が見られます。出願人別の特許出願件数では、米国Moderna社が最も多く、次にドイツのCureVac社が続きます。

001

 出願人別の特許出願件数ランキングで第一位のmoderna社は、従来からmRNA技術開発を手掛け、mRNA関連特許を多く保有しているので、現在、Moderna社のワクチンが普及していることは自然な流れとして受けとめられます。しかし、新型コロナワクチンの主役であるはずのPfizer社は上位にいません。ドイツのバイオベンチャーであるBioNtech社は18位にランクインしていますが、Pfizer社が上位にいないということはどういうことなのでしょうか。

 

 実は、これまでPfizer社のMRNA関連の特許件数は少なく、これまでmRNAワクチンに関する技術開発にそれほど注力してこなかったことがうかがわれます。Pfizer社とBioNtech社は、インフルエンザ感染症を適応疾患とする共同研究を2018年時点で開始していた経緯はありました[1]。COVID-19の爆発的感染拡大に伴い、mRNAワクチンを短期間で実用化する必要性から、pfizer社は、mRNA技術を保有するBioNtech社と提携して2020年からCOVID-19ワクチンの開発を進めてきました。

 

 mRNA関連特許の出願件数が第2位のCureVac社はどうでしょうか。同じくCureVac社は英国の大手グラクソ・スミスクライン社と次世代mRNAワクチンの共同開発を発表し、2022年の実用化を目指ざしています[2]。

 

 武田薬品とModerna社のケースも同様です。これまでmRNAワクチンの研究開発は、メガファーマよりも創薬ベンチャーが注力してきました。今回のCOVID-19ワクチンのケースでは、実用化を急速に進める必要性から、開発実績の豊富なベンチャーと大量生産が可能なメガファーマとが提携し協働しているという図式が見えます。

 

 mRNA技術は、承認されたワクチンのタイプとしては新しいですが、従来から、インフルエンザ、ジカ熱、狂犬病、サイトメガロウイルス(CMV)、癌等の治療薬・ワクチンについて研究されてきました。それを裏づけるようにmRNA関連特許に付与されている国際特許分類のコードを見てみると、mRNA技術は、コロナ感染症だけをターゲットにした技術ではなく、さまざまな種類の疾患を適応疾患として開発されてきたことが分かります。

002

 次に、SARS-CoV-2のようなウィルスに関連する記載があるmRNAワクチン特許に限定して、出願の推移を見てみましょう。

 

 COVID-19発生前の2018年以前からCureVac社やModerna社の特許出願がなされています。新型コロナウイルスが全世界で感染拡大した2020年になると中国の大学・研究機関とインドの開発チームがいち早く出願を開始している様子が窺われます。(図中の2020年の出願は公開データだけで現時点で未公開のデータはプロットされていません)

003

 COVID-19の感染者がいち早く中国から拡大したことから、中国の研究機関・大学のコロナワクチン開発の特許出願の初動が早かった様子が窺われます(2020年以降のデータは未公開分が潜在しているので注意)。しかし、mRNAワクチンの実用化をいち早く実現させたのはこれまで研究開発の実績を積み上げてきた欧米ベンチャーとその技術力を活用したメガファーマでした。

 

 mRNA技術については、遺伝情報に基づいて容易にワクチンを作成できると言われています。例えば、2020年1月に新型コロナウィルスの全ゲノム情報が公開されてから2日後にはModerna社は米国立衛生研究所(NIH)と協力してワクチン候補mRNA-1273の配列を確定、製造を開始したと言われています[3]。今回、Moderna社とBioNTech社が他に先んじてワクチンを実用化できたのは、両社がmRNA技術の開発を従来から進めており、インフルエンザなど他のウイルスを対象とした開発経験を有していることやパンデミックを想定したワクチン開発の経験を有していたことであると推察されます。

 

 ただ、Moderna及びBioNtechはいずれも商業的な生産設備や販売品を持たないバイオベンチャーです。そこで、大規模な臨床試験の実施や大量生産能力のあるグローバル製薬企業と提携して、早期のワクチン供給を実現させたのです。

 

 

参考文献

[1] 高砂祐二, 政策研ニュースNo.63, 日本製薬工業協会 医薬産業政策研究所

[2] https://www.gsk.com/en-gb/media/press-releases/gsk-and-curevac-to-develop-next-generation-mrna-covid-19-vaccines/

[3] 鍵井英之, 次世代創薬基板技術の導入と構築に関する研究, RESEARCH PAPER SERIES No.77(2021年5月), 日本製薬工業協会 医薬産業政策研究所

 

 

以上

 

2021年 7月 9日(20日更新)

記:石井 琢哉