深堀研究

 光学式ディスクの一形態として音楽信号などがディジタル信号化され、記録されたCD方式では、先行開発された、映像信号がアナログ信号として記録された光学ビデオディスク方式のフォーカス並びにトラッキングサーボ技術が採用された。これ等のサーボは、光学と電気の融合技術であり、光学式ディスクとしては、大変重要かつ必要不可欠な技術であった。

 今回は、フォーカスサーボについて書いてみたい。光学式は、対物レンズで絞られたレーザ光をディスクの信号面に焦点合わせしたレーザスポットで、信号面に形成された微小なピット(凹凸)をスキャンし、ピットで変調された戻り光(反射光)を光検出器で受光し、電気信号として読み出すものである。したがって、回転中のディスクの僅かな上下変動にも対物レンズを追随させて合焦状態を維持しなければならない。そのため焦点のズレ(フォーカスエラー)を精度良く検出し、フォーカスエラー信号を対物レンズに取付けられたコイルに供給して電磁的に対物レンズをディスクと直行する方向に駆動して常に合焦状態に維持制御する技術が必須であった。その中で、広く実用化されたのがアスティグマ(非点収差)方式フォーカスエラー検出である。

 この検出は、信号面で反射された戻り光路中にシリンドリカルレンズ(非点収差光学素子の一種;蒲鉾状のレンズ)を配し、フォーカスエラー量に応じて光検出器上で像が縦長楕円→○→横長楕円と変化する変化量を“田”の字状の4ヶ部に配された光検出器の対角線上の2つの検出器の和同士の差からフォーカスエラー信号を検出するものである。

 この非点収差法の基本思想を世界で最初に特許出願したのは、日本企業である。特公昭53-391230号(松下電器/現パナソニック;出願日1973年12月28日、特許第958303号)公報に示されている。

 ディスク面(11)の上下動(f,g,h)に応じて戻り光路中に配されたシリンドリカルレンズ(16)を通ったレーザビームの収束形状は下右図のように変化する。

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 その収束形状の変化を、具体例として描かれた下図の十文字スリットを通して、5本のファイバーとその末端に位置した5個(i,j,k,l,m)の光検出器で受光し、(i+l)-(j+k)の演算を行って、フォーカスエラー信号を得るものであったが、クレームでは、“予め定められた固定位置における光束の収束形状を検出する”ことによって、フォーカスエラー信号を得る構成となっていて、この具体例以外の光検出器構成をもカバーする上位概念がクレームされていた。

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 しかし、略同じ発明が特公昭57-12188号(トムソン-ブラント(フランスの会社);優先権出願日1974年1月15日)として公告された。当時の公告後の異議申立て(異議申立人:ソニー)における主張である“上述松下電器の先願に記載された発明と同一発明(特許法29条の2の適用)”との主張が認められ、拒絶査定となった。その後の拒絶査定不服審判でも拒絶審決が維持された。しかし、最終的には、トムソン-ブラントの審決取消訴訟を東京高裁が認め、特許登録(特許第146470号)となった。その理由は、松下先願には記載されていないトムソン特許の光検出器の構成が、異議申立後のクレーム補正によって限定、減縮されていたことに依拠するものであった。即ち、トムソン特許の光検出器は、下図の符号31,32,33,34で示された正方形状に配列される4個のホトセルとの明細書並びに図面の記載に基づきなされた、“直交する方向の2つの二等分線によって限られた4つの領域” とのクレーム減縮によって、松下先願に記載されてない発明となったことが東京高裁で認められたのである。

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 これらの特許を観ると、早く出願することと、出願書類の技術内容の記載の大事さを痛感する。他人(他社)より先に出願することは、特許を獲る上で絶対的である。しかし、後塵を拝しても、先願に記載されてない技術構成が記載されていれば、その技術構成をクレームに追加することによって、特許を得ることもできる。したがって、実務上、記載内容も大変重要な意義を持つ。

 松下特許は、先に出願されたので光検出の構成については極めて広い上位概念表現で特許を取得することができた。トムソン特許は、僅か2週間余りの遅れであるが、後願となった。その為、光検出器の構成を松下特許に記載されてない構成に、上述のように減縮することで、辛うじて特許を取得することができた訳であるが、この構成こそ、構成部品が少ない、生産性が高い、コスト競争力があるなど実際に採用される技術或いは採用される可能性が高い技術(“直交する方向の2つの二等分線によって限られた4つの領域”の4個のホトセル)であったため、第三者に対して強い対抗力を有する特許となった。更に、トムソン-ブラントは、本件特許を原出願国の仏の他、米国、カナダ、独、英並びに伊に出願し、特許を取得したので、広く海外を含め強い特許網を形成することができた。

 これ等の特許に限られることではなく、また、今さら云うまでもないことでもないが、特に、黎明期の技術については、早く出願することの他、出願の明細書並びに図面に、発明の主要部の変形例と商品化に向いたシンプルな構成、主要部を支える周辺技術構成など、技術内容を豊富に記載して、記載された構成並びにそれらの要素の種々を組合せて、新しいクレームが作成できるなどの余地を残して置き、将来の権利強化に含みを持たせる戦略も重要であろう。

(記:吉田敏男)