深堀研究

 前回、ディスク面と直行する方向に対物レンズ保持筒を摺動させてフォーカス制御を、ディスク面と平行な面で対物レンズ保持筒を回動(小角度の回転)させてトラッキング制御を行う、所謂、摺回動型2軸デバイスについて述べた。今回は、ワイヤー、バネなどの弾性体によって支持された型式の2軸デバイスをも権利範囲に取り込むように、特許出願後に分割出願や発明のシフト補正がなされた注目すべき2つの特許について記述してみたい。
 一つ目は、日本の知的財産表彰の中で最も権威ある全国発明表彰において、平成5年度発明協会会長賞を受賞した特許である。この特許(オリンパス、特願昭58-243289号、特公昭62-55218号、特許第1491208号)は、対物レンズ保持体(102)にフォーカスコイル(103c)とトラッキングコイル(103a)を取付けたことをポイントとしたものである。実施例では、フォーカスコイルとトラッキングコイルが別個の磁気回路に配されているが、クレームでは、言及さえされていない。ここがクレーム作成の上手いところであろう。

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 この特許は、昭和50年に出願された特願昭50-130528号(1975年10月31日出願、特公昭58-11692号、特許第1220734号、以降親出願と称する。)出願から、8年後に分割された、子出願である。
 一般論として分割出願は、親出願のクレーム内容と異なったクレームで特許を取得したいとき、勿論、親出願に記載された技術内容の範囲内のクレームであることが法律上の条件ではあるが、よく採られる出願形態である。実務上では親出願以降に出願された第3者の特許出願公開、或いは発表論文、第3者の新製品などの分析結果に基づき、それらをカバーするクレームで分割出願されることが多い。要するに、他社技術の狙い撃ちを目的としたものが多い。このプロセスは、特許実務家(特許屋)の腕の見せ所でもあるが、発明者を始め、技術部署と連携することは欠かせない。
 そして、この特許は各社が初めて発売したCDプレーヤを、より具体的には対物レンズ保持体にフォーカスコイルとトラッキングコイルを取付けた2軸デバイスを採用した光学ピックアップを、権利に取り込むのに成功した。尚、この2軸デバイスは特許が切れた現在でもDVDやブルーレイプレーヤに用いられている。
 2つ目は、特許法第35条の職務発明における相当の対価請求訴訟が最高裁まで争われた特許(オリンパス、特公昭61-18261号、特許第1485864号)である。この特許は、出願当初はレーザ源(1’)と対物レンズ(5’)間にリレー(中間)レンズ(3’)を設け、このリレーレンズを下左図の様にトラッキングとフォーカス方向に制御することを、要旨としていた。しかし、昭和59年4月24日に、①リレーレンズ(3)が上位概念化されてレンズ、②下図右側のトラッキング(18,19,20,21)とフォーカスコイル(22)と磁気回路の関係の図面とこの図面に関する記載に集約され、③クレームも1つの磁気回路中にトラッキングとフォーカスコイルを交差するように配したレンズ駆動装置と、発明をシフトする全面的な補正がされて特許登録となった。この特許出願時の法律では、補正について現行法の新規事項(特許法17条の2第3項、H6年1月1日施行)の追加であるか否かを問う厳しい規定ではなく、より緩やかな要旨変更(特許法48条、49条;注記参照)であるか否かを判断する規定であった。この要旨変更の規定は、実務者や庁の審査・審判担当者や技術分野によって、考え方・運用に微妙な差があり、実に悩ましいものであったことは、事実である。
 しかし、職務発明訴訟〔原審:東京地裁平成7年(ワ)第3841号、控訴審:東京高裁平成11年(ネ)第3208号〕の判決文の中で、“本件発明については、要旨変更を理由として、本件特許が無効とされる可能性も否定できない”(東京地裁)。“無効となる蓋然性が高い(東京高裁)”と判示された。

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 ところで、訴訟記録を読むと、この特許の出願の構想段階においては、リレーレンズをフォーカスとトラッキング方向に制御する発明Aと一つの磁気回路内にフォーカスとトラッキングコイルを配する発明Bがあったようであるが、何らかの理由で、Aを主とし、Bを従属する形で当初の明細書並びに図面を作成し、出願したようである。 もし、発明Bが単なるアイデアに止まらず、より具体的な図解説明があったならどんなに強力な特許になっただろうか・・・等々、いまだに思いは果てない。
 これらの2件の特許は、親から多数の分割出願がなされている。何故ならば、特にメカトロの分野においては、完成した試作機段階の出願戦術を完璧に行うことは、困難を極めるからである。実は、試作機の技術の構成要素の組み合わせの数だけ発明があり、その数は無限なのである。その内どのような組み合わせ技術(発明)が他人(他社)に採用されるか。未だ、五里霧中の状態なのである。しかも、最初の開発機は、オーバースペックになっていることが多く、徐々に構成要素が簡略化或いは削減される。絶対的な構成要素を見い出すことは難しいことであるが、情熱を持って実務訓練を積めば完璧な出願も不可能ではないと思うが、時間とコストの兼合いもある。 初歩的解決方法として、無駄であるように思われるが、ノウハウを除き、それ以外はできるだけ具体的に出願書類に記載して置き、後日公表される他社情報を分析し、それらを取り込むクレームが旨く作成できるような守備範囲の広い出願書類を作成することが挙げられる。
 いずれにしても、企業と特許事務所との信なる出願戦略、戦術の連携がベースとなる。

注記:
第48条(要旨変更)特許査定謄本の送達前に特許出願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された事項の範囲内において特許請求範囲を増加・減少又は変更する補正は、その要旨を変更しないものとみなす。<改正97・4・10>

第49条(明細書等の補正及び要旨変更)特許出願書に添付された明細書又は図面に関して特許査定謄本の送達前にした補正が明細書又は図面の要旨を変更することと特許権の設定登録があった後に認定されたときは、その特許出願は、その補正書を提出したときに特許出願したものとみなす。<改正97・4・10>

(記:吉田敏男)